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15.戦国武将の生き方に学ぶ科

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島津義久・義弘から学ぶ

2月23日授業テーマ:「九州の支配者はその時?」 島津義久・義弘

講師 : 清水秀司 (大阪府高齢者大学校 講師)

島津義久 清水先生  


 九州薩摩を本拠地として、初代島津忠久が鎌倉時代に活躍し、南九州の守護職から、戦国大名へと発展を遂げる。
特に島津中興の祖、伊作家当主 島津忠良が
12代忠治、13代忠隆の若年病死で政権基盤が弱く家督を狙う島津実久との抗争が続いたが終止符を打ち嫡男貴久が15代守護の座に就くことが出来た。

 16代義久が37歳で当主となり薩摩の国を統一、44歳で豊後国の大友家を滅亡寸前まで追い詰め九州全土征服するまでになった。一時秀吉の惣無事令を守らず、豊臣秀長の大軍と戦うも島津軍は薩摩まで撤退、木食応其の仲介で降伏をするが、薩摩・大隅・日向等は安堵された。
島津義弘pp-b 

関ヶ原の戦いと戦後処理でも西軍についたにもかかわらず、講和交渉を上手く乗り切り結果的に島津家は改易を免れ本領安堵の沙汰がくだる。

鎌倉時代から現在に至るまでの難局を幾度も乗り越えたのも、島津家には有能な人物が多く排出され幕末最後には藩主12代、島津家当主29代目となっております。


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