15.戦国武将の生き方に学ぶ科

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

PageTop

徳川家康から学ぶ

2月2日授業 テーマ:「今川・織田の人質から天下人へ」 徳川家康

講師:川元 奈々(大阪市立大学都市研究センター 研究員)

家康の人物像
徳川家康といえば戦国時代を終結させ徳川250年以上の泰平の世を築いた大英傑であるのは周知のことである。勝者であるのに家康像は陰湿、策謀、老獪など「狸親父」として定着してきた。信長、秀吉に比べなぜ不人気なのか?私達は「歴史は勝者によって創られる」ことを学んできた。徳川幕府を倒した勝者「明治新政府」が、賊軍の祖・家康を悪者に仕立てて徳川時代を攻撃した結果だろう。
 昭和になって徳川時代の研究も進展したが、NHK大河ドラマでは21作目でやっと主人公として注目された。現代の一般的家康像は「忍耐の人」、「狸親父」、総合的人気は劣るが「理想のリーダー像」として根強い人気がある。

徳川家康① 

覆った通説

最近の研究により、今までの通説が事実でないということを教えられた。

①家康遺訓「人の一生は重荷を負うて遠き道をゆくがごとし」は幕末に作成された偽作。

②徳川家康三方ヶ原戦役画像は、単なる自画像。家康が「自分への戒めとして書かせた」とされているが、明治に徳川美術館長が想像して語ったことが発端。

③家康の死因は食中毒でなく胃ガン。

④信長の命令で最愛の嫡男・信康を切腹させたが、実は家康と信康の仲違いが原因?

三方ヶ原自画像A - コピー   DSC05327大河A - コピー



家康の実像

・苦労の人:幼い頃に人質として織田・今川の元を転々し辛酸を味わった。

・慎重な人:豊臣政権下では秀吉死後も時局を見極め秀頼に接した。

・多趣味人:読書家で学問好き、本の出版も行う。本草学(ほんぞうがく)を熟知。

・強運な人:「三大危機」(三河一向一揆、三方ヶ原の戦い、神君伊賀越え)を乗り越え、秀吉や中核の豊臣大名より長生きした。

  実像の家康は人々から愛され、支持を受け、戦国の世を生き抜き、天下泰平の願いを成し遂げた偉大な戦国武将であった。


スポンサーサイト

PageTop
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。