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15.戦国武将の生き方に学ぶ科

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前田利家から学ぶ

10月20日授業 テーマ:「加賀百万石の礎は?」 前田利家

講師 : 川元 奈々(大阪市立大学都市研究センター 研究員)

6月2日にも講義を受けた大阪市立大学都市文化研究センターの研究員、川元奈々先生。2002年に放映された、前田利家と妻・まつが主役の大河ドラマ「利家とまつ~加賀百万石物語~」の時は中学生だったとおっしゃってました。

前回と同様に順調に講義は進み、前田利家がメジャーな戦国武将であることもあって、わかり易い授業でした。


写真 2016-10-20 12 02 41 - コピー

利家は尾張国の土豪(地域の百姓のトップ)の家に生まれ、江戸幕府の加賀藩は119万5000石という先生曰く断トツ!の石高だったのです。ちなみに2位は、尾張藩(名古屋)61万9500石、3位は伊達藩(仙台)61万5000石。確かに断トツです。

利家は幾度も訪れた危機を乗り越えたラッキーパーソン(先生の言葉)でした。

まず驚いたのは、若い頃の利家は短気な性格で、先生曰くやんちゃをしていた。あげく、利家の刀の金笄(きんこうがい)を盗まれたことに激怒して殺害に及ぶ。そのことを激怒した信長に出仕停止処分を受けるが、柴田勝家・森可成(よしなり)の助命嘆願があり、赦免される。また若い頃から親交を深めていた秀吉が天下人になり、秀吉から絶対的信頼を得ていた。家康との確執があったものの、豊臣と徳川の本格的な戦いの前に逝去した。

ほんとにラッキーパーソンです。

その背後には、若い頃は短気であったが、義侠心、気遣い、人としての「バランス力」、そしてマネジメント力が利家には備わっていたのです。

前田利家⓶    前田b

そして、前田家が残した遺訓を紹介して下さいました。

*戦国末期~江戸時代初期に設計された城下町の様相が今も残る金沢
*東京大学本郷キャンパスの赤門(前田家上屋敷の御守殿門)

*世界記憶遺産に登録された東寺百合文書(とうじひゃくごうもんじょ)
*16代当主前田利為が設立した前田育徳会

これからも後世に残っていく偉業の数々です。


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