15.戦国武将の生き方に学ぶ科

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明智光秀から学ぶ

7月7日授業 テーマ:「明智光秀の丹波攻略」

講師:福島 克彦(大山崎町歴史資料館 館長・学芸員)

小林CDの挨拶と都築CDより福島先生のご紹介の後、本題に入ると思いきや 教室内の
エアコンの調子の悪い話に福島先生自身の資料館でも同じ様な問題があり、日頃の点検
が大事と現実的な話が前説にあり、ざっくばらんな明るい性格に柔らかい空気感から本題
へと入っていかれた。

 高大 戦国武将 A _4125    高大 戦国武将 B _4127 
        

 

織田信長から丹波国の平定を命ぜられ1575年丹波国衆に伝え、内藤氏(八木城)と
(宇津城)宇津氏の攻撃から開始された。
天正3年(1575年)から天正7年(1579年)の5年余り
の間に転戦を繰り返し、
15762ヶ月病に伏せ、その後看病した妻が病死、荒木村重の謀反
休む間もなく時が過ぎる。
 信長より比叡山焼き討ちで功績のあった光秀が、坂本城の築城 
1578年には、丹波平定
の足掛かりとして亀山城を築城する。
 光秀が丹波平定の為、戦いの心得、時間の管理、一族の存亡等多岐にわたり詳細に指示
を出し几帳面な性格の一端がうかがえる。(丹波の土豪小畠文書より)


   高大 戦国武将 C _4129

 1579年には信長の命により羽柴軍の援軍を得て丹波を平定。安土に凱旋をする。

 講義終了後も生徒の熱意は冷めず、質問・説明をするに先生もたじたじの様子でした。

   高大 戦国武将 D_4131

講義より明智光秀は、細な精神、才知を持ち、行動力もあり真面目な人柄と思いますが、
    皆さんはどう思われますか。



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