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15.戦国武将の生き方に学ぶ科

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社会への参加活動 ①

9月15日 テーマ :「社会への参加活動 」(アサヒビール見学)

9
15日(木)は中秋の名月で流石の暑い夏も弱り、朝晩は凌ぎやすくなりました。

本日は高大行事 社会参加活動日で楽しみな方も多いのでは・・・。

11時ちょうど、工場内待合コーナーに参加者が到着、個々に挨拶を交わしながら集合。 

ガイドさんの簡単な説明の後、映写室でビールの完成までの流れをビデオ鑑賞。

いよいよ工場見学にスタート 製麦行程から出荷までの11工程を明るい声と詳細な説明
で非常に解かりやすく
1
時間が短く感じられた。
  社会への参加活動 A アサヒヒ゛ール
 
仕込みに始まり麦汁・発酵・煮沸・濾過・ビン詰め行程・缶詰め行程・屋外発酵熟成へと
進み、オートメーション化された工場は清潔で明るく高い品質管理をされている事が
一目
瞭然である。
製造工程の見学が終わり、皆さん待望の試飲会場へ

  社会への参加活動 B アサヒヒ゛ール
     

 
蔵出しビールを、笑顔いっぱいにして美味そうに飲み干す風景は皆さん幸せも

いっぱいと、お察しいたします。

幹事の方、CDの都築さん、各班の班長さん 本日はお世話になり有難うございました。





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黒田官兵衛に学ぶ

9月8日授業 テーマ :「秀吉の天才軍師だったのか? 黒田官兵衛」

講師 : 清水 秀司 (大阪府高齢者大学校 講師)

「天才軍師」「知と情の軍師」と言われている黒田官兵衛。【調略・説得を得意とする新しい
タイプの軍師】とみてよいようです。
主人を裏切ったことはなく、部下に思いやりがあり、部下
の統率力に優れていたようです。


  黒田官兵衛A

小寺氏と秀吉に仕え、秀吉の天下取りを支え続けた官兵衛ですが、最後秀吉に「わしの死
後天下を取るのは官兵衛だ。」と言われたとのことですが、そんな力があったのでしょうか。


 関ケ原の戦いでは九州で出陣していますが、関ケ原の戦いの見方を間違ったために、
失敗。息子の長政の働きで戦いが早く終わってしまったことに腹立たしい思いをだいた
のでしょう。

  黒田官兵衛B

戦国の世に生き、早く戦いを終わらせ平和の世を願ったであろう官兵衛。
そんな官兵衛像はやはり、夢多き戦国武将であったといえるでしょうか。




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浅井家三代から学ぶ

9月1日授業 テーマ :「義兄を裏切り、義に走り滅亡! 浅井長政」

講師 : 加藤 正彦 (大阪女学院大学 特任教授)
 
 高大の2学期が始まりました。一回目は、浅井長政。あざいと読んでもあさいでも、どちらでもいいそうです。戦にも強く信長も一目おいていて、妹・お市の方を嫁がせます。織田家と浅井家は同盟を結んだのです。ところが、浅井家と親交がある朝倉家(朝倉義景)と信長が戦を始めました。織田家と浅井家が同名を結んだ時、朝倉家とは敵対しないということが条件だったのに、信長は勝手に朝倉家に攻め込んだのです。

  
浅井家三代A
  
浅井長政は、織田につくか朝倉につくか悩んだことと思われますが、結局、朝倉に加勢することを決めます。長政は
何故、織田側につかなかったのか・・・?

  
先生が言われていたのは、初めは対等であった両家の関係がだんだん主従のようになっていった。経済・土地に対する考え方が違っていた。信長は中央集中制で、長政は連邦制をしたかった。家臣扱いする信長に対してアンチ織田になっていったのではないか・・・。
そして、落城3日前に家来に宛てた長政の直筆の文書を勉強しました。

  浅井家三代B


 やむなく籠城したがあなたの忠節に感謝のしようがないほどだ、というような内容です。字も達筆です。若くして散った長政の無念さが感じられます。

イメージ通りの爽やかな長政を感じられた授業でした。



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